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十八歳


 外語大に行きたかったのは大好きな『不思議の国のアリス』を原文で読みたかったから。英語の先生に「作者のルイス・キャロルはこの物語に巧みな言葉遊びを入れている」と言われて以来、私はその世界に夢中になった。

 というのは口実で、同じ塾に通う阿部くんが「おれ、あの外語大行くから」と言ったことが最大の理由。密かに彼と一緒に過ごすキャンパスライフを妄想していた。

 彼の顔を思い浮かべるとやる気が出る。受験に恋は禁物、と聞いたことがあるけど、私は彼のおかげで成績がぐんぐん伸びた。模試でも志望校はA判定で先生からも申し分ないと言われた。これで阿部くんと一緒に。

 いよいよセンター試験が始まり、得意の英語はスラスラ解けた。あとは数学さえうまくいけば……。ところが期待とは裏腹に序盤でつまずき、あえなく撃沈。あんなに頑張ったのに私の受験は終わりを告げようとしていた。

 だけど神様はいた。阿部くんもセンター試験に失敗したようで、外語大の夜間部を受けると言う。でも夜間か。

 私にはその選択肢が全くなかった。憧れのキャンパスライフは青空に芝生、それに隣には恋人と決まっている。それでも私はどうしても阿部くんが気になり、親の反対を押し切って夜間部を受験し合格。そして彼は落ちた。バカ。

「こんなはずじゃなかったのにな」

 目的もあやふやなまま、私の大学生活が始まる。教室からすっかり日が沈んだ空を見つめ私は悲しくなった。

「どの外国人作家が好きですか?」

 授業が終わると、私より明らかに歳上の男性に声をかけられた。なんでも日中は塾の講師をしているそうで、知識の幅を広げるために夜間部にいると言った。なんだか年齢も価値観も違いそうな人がたくさんいるな、とは思っていたけれど、そうやって働く人も来てるんだな。

「ルイス・キャロルは?」

 話の途中、彼は私の大好きな作家を口にした。不意に隣の取っつきにくそうな女性が「私も好き。キャロルの生まれた家行ったし」とその会話に入った。気づけばその輪はどんどん広がり、同世代では全く知り得ないだろう、いくつもの話題が行き交った。

 何この知らない世界。最高じゃん。

あのとき失敗だと思った受験は、私をとてもワクワクさせる不思議の国への入り口だった。







私の次の記憶へ

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