> 未分類 > 二十六歳

二十六歳


 スマホを開くと朝四時だった。今日もダメか。

 数日前から全く眠れない。昨日の夜は「安眠できる音楽集」なるものを聴いたが、全く効果はなかった。

 まあ、その理由はわかっている。仕事のストレスからくる不眠だ。この春の人事異動で会社イチの荒くれ者が僕の部長になった。噂は聞いていたけど、ここまで感情に左右される人は今まで出会ったことがない。僕も同僚も一気に縮こまり耐えるだけの時間が始まった。

「バカ野郎、ちゃんと考えろよ」

 温和な空気の流れる日々が懐かしくなるほど、毎日のように罵声が社内に響き渡る。何かのしゃくに障ったのか、ある日を境に部長は仕事の内容ではなく僕の人格否定をするようになった。容姿や言動、趣味や嗜好までも。僕は自信がなくなり自分を追い詰めていく。

 そして数カ月後、突発性難聴になり眠れなくなった。

「ちょっとテストをしてみましょう」

 精神科のカウンセリングルームで、僕と同い年くらいの女性が問診票を見ながらそう言った。別室に移動し、言われたとおり何十項目もある質問に黙々と答える。その一時間後、再び元の部屋に呼ばれた。

「鬱の一歩手前ですね。不安の数値が非常に高いです」

「不安ですか。その原因はわかってるんですけど」

「そうですか。じゃあ、また次のタイミングでそのお話を聞かせてください」

「えっ、今日は聞いてくれないんですか?」

 流れ作業のように僕はその場からはじき出され、何も解決しないまま次回の予約を取らされた。イライラしながら会計を済ませ出口に向かう。すると見覚えのある姿が目についた。声が枯れるまで僕を怒鳴りつける、あの部長だった。

 反射的に体の向きを変え、 僕は足早に病院の奥の方まで進む。

「なんであいつがいるんだよ」

 心臓が急にバクバクする。僕はしばらくトイレの個室で落ち着くのを待った。

 それから数週間後、部長は突然会社に来なくなった。なんでも数年前から心の病を抱えていたという。やっぱり。あれは部長だったんだな。
 ガランとした部長の席からは、もう何も聞こえない。あれだけ悩まされてきたのに、僕は部長のことが心配になってしまった。







僕の次の記憶へ

・展示トップの㉑㉒㉓㉔のパネルから、気になるパネルをクリックしてください。

展示トップ