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四十一歳


 父が仕事でほとんど家にいない環境が影響していたのか五つ歳上の兄は、僕の面倒をよく見てくれた。長男と言うより父親に近い存在だったかも知れない。勉強はできないけどいろいろ頼りにしていた。

 そんな兄は数年前に結婚。しばらくすると急に会社を辞め、何を思ったのか家族を連れて徳島に移住した。なんでも小さな珈琲屋を始めるという。そんなに珈琲が好きなのだろうか。まあ、僕がそれに何か言うつもりもないけど。

「こっちに遊びに来るか?」

 兄からのメールに、僕は「今は忙しいから、落ち着いたら行くよ」と返信した。最近までお互い東京に住んではいたものの、もう随分会っていない。なんで移住したの? そう聞いてみたかったけど、なんとなく面倒くさくてやめた。

 数日前、法事で実家に帰った。久しぶりに会う両親は、想像以上に年老いて、というか、もはや初老で少し引いてしまった。

「久しぶりだな。いつ徳島には来るんだよ」

「まだ、ちょっと忙しくて」

 法事が一段落つき、兄と近くの居酒屋に出掛けた。適当に酒のあてを頼んで、ビールで乾杯する。

「最近、なんだか腕がまわらなくて」

「それ、ただの四十肩だろ」

 中年になるとどんな会話だろうと、結局、健康の話になる。

「それよりおやじとお袋、もう老人でびっくりしたよ。悲しくなったというか。兄貴、この家どうするの?」

「ああ、それな。俺、ここには帰らないことにしたから」

 その言葉に僕は驚いてしまった。

「何それ、あれだけ『この家は俺のものだから』って言ってたじゃん」

「いやいや。もう長男がどうとかいう時代でもないだろ」

 てっきり兄が親の面倒をみると思っていたから、ちょっとムカついてしまった。何度も「俺のものだ」って言ってたのに。

「だったら、親はどうするんだよ」

「俺とお前で面倒みたらいいだろ」

 いきなり重たいボール渡された気分だ。でも「そんなの長男がやるもんだろ」と言い返すことは、なんだか間違いなような気もする。

 僕は「まあ、そうだよな」と苦笑いをして、ぬるいビールを一気に流し込んだ。







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