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十二歳


 学校が終わると近所の祖父母の家に向かい、よく祖母と過ごした。一緒にテレビを観たりお菓子を食べたり、たまに漢字の宿題をすることもあった。

「じゃあ、二十四番は?」

「高橋由伸」

 祖母はプロ野球のジャイアンツが好きで、僕は祖母の手帳にびっしりと記された選手の背番号と名前をもとにクイズを出し、祖母はいつも正解した。

 共働きの親の元で育った僕のそばには、いつも祖母がいてくれた。僕のわがままにも「はいはい」とたいていのことは許してくれたし、親には内緒でよくお小遣いもくれた。夕方、母が迎えに来たときは僕たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。

 小学六年の春、祖母が入院した。その頃になると僕は学校が終わると友だちと遊ぶようになり、祖父母の家に寄りつかなくなっていた。

 週末、親に連れられお見舞いに行く。病室のドアを開けると祖母はうれしそうな顔で「よくきてくれたね」と言い、体を起こした。母は買ってきた色とりどりの花を花瓶に挿す。

「早く元気になってね」

 そう言ってみたものの退屈だ。この時間があまりに苦痛で、僕はとにかく早く家に帰りたかった。祖母はまだいてほしそうだったけど。

 その日の夜、母から祖母はガンでもう少しで亡くなると聞かされた。

「早く用意して。行くよ」

 祖母の様態が急変したようで家族で病院に向かう。病室に入ると祖母は意外にもとても元気だった。でもなんだか様子がおかしい。祖母は母に気付いたが全く見当違いな名前を呼んだ。

「モルヒネを……」

 病室の隅でそんな声が聴こえた。ぞろぞろと親族が集まり、相変わらず祖母は全く見当違いの会話を続ける。しばらくして祖母は僕に気付き、こっちこっちと手招きした。おそるおそる近寄ると祖母ははっきりと僕の正確な名前を呼び、僕をそっと抱き寄せた。

「おばあちゃん、やめてよ」

 僕はみんなの前だからと恥ずかしくてその手をほどいた。

 結局、それが祖母と交わした最後の言葉になった。







僕の次の記憶へ

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