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三十四歳

 
 教員免許を取っておいてよかった。

 数年前、若くして県知事に当選した元議員に感化され、単純だけど僕も社会を変える人間になりたいと思った。ただ総理大臣なんて大それたことを目指すほどバカではない。自分の身の丈に合う選択肢として教師が浮かんだ。

 まあ、教師が教えられる人数などたかが知れている。けれど生徒が僕の思いを下の世代に繋げていくことができれば少しずつ意思の裾野が広がり、自ずと社会はよくなるはず。漠然とそう考えていた。

 鉄は熱いうちに打つのがいい。僕は転職活動をぱたりとやめ、地元に帰り教員採用試験の準備に入った。その年は例年にはないほど教師の定年退職が続いたようで、僕は運良く試験に合格。地元の高校に配属された

 ようやくこれからスタートする。そう意気込んだけど現実は全く甘くなかった。終わることのない仕事に追われ軟式テニス部の顧問で休日もない。

「おい、お前のクラスの佐藤、補導されたみたいだぞ」

 生徒に問題が起きると完全に予定が狂う。それにイライラして、生徒より僕の方が授業に集中できない日もあった。

“教師ってマジ無理”

 帰りの電車でそうツイートした。僕のタイムラインが“教師なんてつまらない”アピールで埋まる。こんなの誰も知りたくないし。そう思いつつも手は動き続けた。

「これ、先生でしょ?」

 部活中、生徒がスマホの画面を見せてきた。僕のツイートだった。

「そんなのやるわけがないから」

「うそだ。だってこの前の試合会場がここにちょっと写ってるもん」

 十七歳に翻弄される三十四歳の自分。

「いや、違うから」

 生徒は「絶対うそ」と言いながら練習に戻った。僕は部活が終わってもしばらく心のざわつきが消えなかった。

 帰りの電車。ツイッターのアカウントを消そうとスマホを取り出すと、ツイッターに一通のメッセージが届いていた。

「これ、先生だったら読んで下さい。最近はちょっとイライラしてたかもしれないけど、少し前の『俺、世の中を変えてやるぞー』って感じ好きでした」

 画面を消したくなるほど恥ずかしかったけど、僕は何度もそれを読み返した。







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