十九歳
「早く、早く!」
大声で目が覚めた。台所に向かうとその声はますます大きくなる。受話器を片手に母が叫んでいた。
「お父さんが、こっち来て!」
姉が私を呼ぶ。部屋に入ると父が横たわっていた。
「お母さん! 救急車まだ?」
「あと少しで来るって!」
「お父さん! しっかりして」
私はまだ何が起きたのか理解しきれない。数分後、サイレンの音が微かに聞こえた。
グチグチ言う母と違って父は優しかった。子どもの頃は行きたい場所によく連れて行ってくれたし、私立の高校に行きたいと話したときも反対する母をよそに父は賛成してくれた。お父さんみたいな人と結婚したいと思ったくらいだ。
その父は今、何度呼びかけても全く動かない。サイレンの音が大きくなるけど一向に救急車は来なかった。
「ちょっと見てくる」
「私も行く! ちょっとお父さん見てて!」
母と姉は私を残して急いで外に出た。
父と二人きりの部屋。私は父の手を取り、まだ温かいことに少しだけ安心した。でも、これって本当のことだろうか。あまりに急過ぎて、動かない父を目の前にしても現実味がまったくない。
「お父さん、寝てるだけだよね?」
呼びかけても、やっぱり返事はなかった。結局、救急車が着く頃には父は息をひきとっていた。
「あの、奥さんいますか?」
数カ月後、強面の男の人が家にやってきた。母はその人と玄関口で何か話し、それが終わると引きつった表情で台所に戻ってきた。
「あの人にだまされた」
父はサラ金に手を出し、莫大な借金を抱えていた。しかも何千万円も。
私に優しくしてくれた父はうそっぱちの姿で、本当の姿ではなかったんだととっさに思った。衝動的に父の遺影をぶん投げてやりたくなったけど、あの頃の姿が邪魔してできなかった。
私の次の記憶へ
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