三十歳
「こうあるべき」とか「こうしなきゃいけない」とか、そんな社会の暗黙のルールに適応できない。それが原因でたくさんの人に失望され、その度に自分を責めてきた。自分は他の人に比べて劣っているんだ。そう思わずにはいられない。半年でまた会社を辞め、私は相も変わらず社会のあぶれものになった。
「また辞めたの?」
大学時代の友人、奈菜はあきれ顔だった。
「もうダメ。自信ない」
「まあそうもなるか。じゃあ、海外でも行ってみたら? 日本より何かそういうのに寛容みたいってテレビで言ってたし」
奈菜の言葉をうのみに、というか他の会社でうまくいくとも思えなかった私は、ワーホリというかたちでカナダに行くことにした。数カ月後、ようやく生活にも慣れ、友人も増えてきたタイミングで電話が鳴った。奈菜だった。最近また新しい彼氏ができたようで、その報告だという。
「それより、そっちの生活はどう?」
しゃべり疲れたのか奈菜が私に話を振った。
「うん、なんだか生きやすい気がするんだよね」
「ふーん。でもそれって、どういうこと?」
「なんか日本はまわりを気にしなきゃって感じだったけど、こっちは個人を尊重するというか、お互いを認め合っているというか。『こうあるべき』なんてこともないからさ。少しは自分を否定しなくなったかも」
「そっか。それはよかったね。でさあ」
自分が話を振ったのに奈菜は私の会話に興味がないようで、すぐに彼氏の話題に切り替えた。まあ、そういうのも奈菜のいいところだけれど。
あれから一年。帰国した私はやっぱり日本での暮らしに息苦しさを感じていた。でも今までと違うのは、それが社会の目に見えない圧力だと知っていること。社会にどうしてもはまらない自分を嘆いたり否定したり責めたり。それが本当に苦しかったけど、今私はその呪いを解いて苦しくても自分らしい人生を歩もうとしている。まだ少し怖いけど。
「おはよ〜、また彼氏と別れちゃった。でもまたいい人ができてね!」
突然、奈菜からLINEが入った。私は苦笑しつつも前向き過ぎる彼女がまぶしく、その姿勢だけは見習おうと思った。
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