九歳
「おい、ブタ! 早く来いよ!」
幼い頃、僕は太っていた。小学一年生で体重が四十キロ明らかに肥満児だけど、その自覚はなかった。というか、そうやって悪口を言うやつらを「俺はお前らとは違うんだ」と見下していた。
幼い頃は両親に大切に育てられ欲しいものは何でも手に入った。家にはたくさんのお菓子が用意され、満腹になるまで口に運んだ。兄も同じように育ち、僕たちはまわりから見るとよく似たふたりだった。
母は教育に熱心な人で、僕が物心つく前から二つの塾を掛け持ちさせた。その甲斐あってか、小学生になると退屈になるくらい勉強ができてしまい、まわりのダメさをバカにした。
「おいデブ!」「お前、ムカつくんだよ」
高飛車な僕は、自分がいじめられているとは思わないほど鈍感な性格だった。けれど仲間外れに合い、暴力を受けるようになってからはさすがに苦しい。でも「そのくらい平気だ」と無理やり自分を保とうとした。
「あなたは立派になるのよ」
兄は出来が悪く、代わりに僕が母の意思を継ぐ希望の存在とならなければいけなかった。その期待を感じれば感じるほど、いじめられているなんて言えるわけがない。ふと橋から川に飛び降りようとしたこともあったけど、それでもなんとかその場をやり過ごした。それも母は全く知らない。
四年生になると誰も僕を「ブタ」とか「デブ」とか言わなくなった。それはみんなが僕を完全に無視するようになったから。そこまでくると、なぜ自分が生きているのか、何を救いに生きていけばいいかもわからなくなる。とにかく波風が立たないようにして、ひたすら時が過ぎることだけを考えていた。
「ねえ、ちょっとやりすぎだよ」
ある日、クラスメイトの加藤がいじめの主犯格にそう言った。
「なんだよ、うるせえな。お前もいじめるぞ」
「うっせえな」
状況が掴めない僕をよそに、加藤は僕に「もういいよ。あっち行こうぜ」と言って教室から出て行った。
「なんだよ。お前、加藤に付いて行くのかよ」
僕は少し迷いながらも、勇気を振り絞って教室を飛び出した。
僕の次の記憶へ
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