> 未分類 > 八歳

八歳


「うおりゃー」

 ここはこの前オリンピックのメダリストが出て有名になった柔道場。二つ歳上の姉はそれがきっかけで柔道に興味を持ち、八歳の私を道連れにして柔道を習い始めた。初めこそマット遊びのような時間で楽しかったけど、数カ月後には道着を着て、男の子と一緒に取っ組み合いをさせられるようになった。

「痛い、もうやめてよ」

 私は柔道が嫌で誰かに助けを求めたいけど、竹刀を振り回すコーチが怖くて何も言い出せない。

「お姉ちゃん、私辞めたい」

「そんなの知らないよ」

 運動好きな姉は柔道が楽しいようで「なんで、辞めたいの?」と言って全然頼りにならなかった。私は辞めることを言い出せずに、毎日夕方になると道場に向かった。その足取りは重く、けれどコーチの顔が浮かぶものだからその足を止めることができなかった。

 その頃、私は少女漫画に夢中でいつも漫画雑誌の『りぼん』の発売日を心待ちにしていた。クラスの友だちとその内容で盛り上がり恋する主人公に思いを馳せる。

「あの子、絶対にこの子が好きだよね」

「いや、違うよ。バスケ部の〇〇くんだよ」

 次の『りぼん』が待ちきれない私は、まだ見ぬ話の続きを想像ながら絵を描くようになった。最初はうまく描けなかったけど、四年生になるとGペンやスクリーントーンなどわりと本格的な道具を使うようになり、夢は漫画家になった。授業中は、恋愛をしたこともないのに、いつもクラスの男の子と妄想デートをしてそれを漫画にしていた。

 チャイムが鳴る。先生の「さようなら」の一言で私は友だちに別れを告げ、教室を出た。

「もっと漫画を描いていたいのに」

 校門をくぐると乙女心をパッと消し、柔道場へと急ぐ。

「今日こそは辞めるって言うぞ」

 結局、それを言えたのは中学生になるときだった。

 あれから十数年。大人になっても、あのとき鍛えた筋肉はいまだに残っている。あんなに好きだった漫画の描き方は忘れてしまったけど。








私の次の記憶へ

・展示トップの⑨⑩⑪⑫のパネルから、気になるパネルをクリックしてください。

展示トップ